PROFILE
伊藤 旦
いとう のぼる
バックグラウンド
はじめまして、伊藤 旦(いとう のぼる)と申します。
わたしは、1975年9月生まれの天秤座。現在の家族構成は、妻と1男の3人家族です。3人兄弟(兄・姉・私)の末っ子として東京の杉並区に生まれ、5歳から成人するまでは、練馬区で育ちました。
成人すると[恵比寿]➔[経堂]➔[初台]➔[代田橋]➔[代々木上原]➔[中目黒]➔[麻布十番]➔[目黒]➔[カンボジア]➔[目黒]➔[桜上水]➔[逗子]と渡り歩き、良いか悪いかを別にしても家探しの経験は多いほうかも知れません(笑
途中に挟まっている「カンボジア」は、1年半ほど出張で毎月通っていたのですが、その後、5年ほど住みました。刺激的だった5年間について、ここでは割愛しますが、興味がある方はお会いした時にでも聞いてみてください。
わたしについて
お酒を飲むことも趣味の一つで、お酒に合う食事が好みです。お酒のお誘いは大歓迎です。
8歳から22歳ころまでひたすら滑っていました。
サッカー・野球
低学年までやっていましたが、今は日本代表と大谷さんの観戦専門です。
建築や家具、バイクや車などは古いものが好きです。非日常感を味わえる旅行や行った先での飲酒も大好きです。釣りは渓流釣りをたしなみます。
シーカヤックと茶道は絶対に始めようと思っています!タイミングで、、。
湘南でのくらし
湘南での生活を考えるようになったのは、はっきりとは覚えていませんが、20歳代の終わりが見えてきた頃でしょうか?子供を持つなら海も山も歴史もある湘南で育てたいと思うようになり十数年、、。
世の中では、新型コロナウィルスが猛威を振るいWHOがCOVID-19と命名したそのころに私は決断しました。
「そうだ湘南に引っ越そう」と。
このタイミングを逃したらあーでもないこーでもないと言いながら、一生東京から出ないのではないか?と思ったのです。
私よりも随分と前に葉山へ移住した友人たち(諸先輩方)も居たことで、わたしに迷いは無く、恐るおそる妻に相談すると何故か快諾。気が変わる前にと翌月には逗子へ引っ越しをしていました。
大切にしていること
「えらくなくともただしくいきる」この言葉は、わたしが小学生のころにテレビ(元気が出るテレビ)に出ていたお爺さん「エンペラー吉田さん」の信念でした。このころは面白いというだけで何も考えていませんでしたが、大人になっても頭から離れず、時々頭の中をよぎっていました(笑
社会人になってしばらくすると、すっかり忘れていたのですが、ある時、盛和塾(既に解散)を知ることによってあのフレーズが、、。盛和塾とは、稲盛和夫氏(京セラ創業者)が塾長を務める勉強会のようなもので、わたしは、稲盛氏の経営哲学を知り感銘を受けました。
そしてこの時、真っ先に頭の中をよぎったのは「えらくなくともただしくいきる」でした。「人として正しいことを貫く」とは、簡単なようで割と難しいものですが、わたしは敬天愛人という言葉を信念に仕事と向きあっています。
接客で心掛けていること
さいごに
お客様が抱える不安事や心配事に対しても一つひとつ真剣で丁寧に向きあい、小さな信頼を積み重ねることによって誰よりも信頼できる身近な不動産屋の「あの人」として、一番最初に思い出してもらえることを目指しています。
「本気さ」と「誠実さ」をもって、お客様と末永いお付き合いをさせていただける様、期待を超えるご提案と接客を心がけ、少しでもご不安ごとを理解して解消いたします。人生も不動産売買も出会いとご縁だと考えています。利他の心で考え、謙虚で素直な心をもって、人とその思いを大切につなぎます。
わたしたちの不動産仲介サービスは「顧客利益の最大化」が目的です。大手の不動産会社には、高い知名度や豊富なグループ会社といったメリットがある一方で、担当者は柔軟な対応が難しいケースが多くございます。わたしたちは「少数精鋭」の強みを最大限に生かした柔軟な対応でお客様の利益追求を実現してまいります
伊藤 旦
いとう のぼる
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